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甲子園 大垣日大

2014/08/13

全国高校野球選手権、岐阜県代表大垣日大の応援に甲子園に行った。少し早いお盆休みを1日だけもらい中三の謙伸と謙伸の友達数人、親数人で朝早く大型バスで甲子園に出発した。

初めての甲子園で前日はなかなか寝れなく、当日も早く目が覚めてしまった。道中のサービスエリアのグルメを堪能、バスの中でのおしゃべりとさながら慰安旅行の様な楽しさ、気の合う仲間同士、とても楽しく渋滞も何のその、甲子園に向かいました。

本来の目的は大垣日大の応援、バスの中でビデオを見てしっかり練習して1塁側大垣日大の応援席に座りました。甲子園はとても暑いと聞いていたのですが、薄曇りでおまけに第四試合ということもあり、日が落ちてきて影も出来ていました。

さすが、日ごろの行いがいいんやな!とみんなでなっとくしあい、いざ試合開始。

朝早く、道中のバスでのドンチャン騒ぎ、本来の目的の応援が出来るかと試合開始前は少し不安もありましたが、いざ試合が始まると吹っ飛びました。子供も大人も最初から最後まで試合にくぎ付け。試合の展開も凄かったのですが、一塁側応援団の一体感。最初は照れていた子供達も点数が入った時の肩組スイングを知らない大人達ともに曲に合わせてしていました。

本当にいい経験を子供達も私もさせてもらいました。

留守番をしている家族にイッパイお土産を買い、高山に帰って来たのが夜中の1時でした。さすがに大人達はダウンでしたが子供達は行きよりもさらに元気に騒いでいました。

大垣日大は8月18日2回戦に勝ち進みました。がんばれ岐阜県代表、大垣日大!!

今回、大垣日大の2年生の大沢君が謙伸の中山中学の卒業生だった事もあり、お声を掛けていただきました。バス、弁当の手配など夫婦で気遣って頂き、とても大変そうなのですがミジンもそんな素振りを見せず、応援してくれてありがとう!!と笑顔で接してくださいました。素晴らしい素敵な大沢夫妻です。

毎年、何歳になっても日々勉強です。人生はいろんな経験の積み重ねですが、私は周りの沢山の方々に勉強させて頂いて、とても幸せです。

毎日がそう思える家族、友達、に感謝します。お盆なので合唱。

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今日は僕が書きます。

2014/08/07

みなさんおはようございます。と言ってもこれを書いている時間は昼の一時半なので時間帯的にこの挨拶はオカシイかもしれませんが・・・w朝も昼も寝坊してしまった為なにとぞご容赦ください(゜゜)~いつもはもっと早く起きれる筈なんです。それがまさか昨日は夜祭。そこに付け加えテレビ取材で家にガレッジセールのゴリさんが来るという非日常がダブルパンチで舞い込んできたため、ということにしてしまって・・・(-_-;)。あらかじめ取材の予定は入っていたのですがゴリさんが来るということは聞いてはおらず、初めて会う僕は緊張しましたwゴリさんは高山に来るのは二度目で僕以外の身内は前回会っていたので、中学生の従弟は「大きくなったね~」などと親戚のおじさんのようなことを言われていて面白かったです。

 

谷松 六代目 谷大輝

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子供達の夏休み始まる・・・

2014/07/29

7月ももうすぐ終わり子供達はそれぞれ夏休みが始まりました。

小中学生は7月19日から、高校生は8月1日から、長い長い休みです。小学6年生のそらは塾が午前中になり最高学年でプール当番もあるせいか、毎日何か用事がありとても忙しそうです。学校へも行き宿題も進んでいるようです。

中学3年生の謙伸は中体連目標だった野球部の全国大会出場が地区大会でやぶれ今までの野球付けから解放され朝も気が付くまで寝て、夜は遅くまで遊んでいるというダラダタした生活をしています。受験生と言う自覚はまだ無いようです。

高校1年生の元揮は8月1日から夏休みなのですが7月終わりから三者懇談があるため午前中授業でほぼ夏休みです。先日の三者懇談でも夏休みの自宅でも勉強が大事だと言われたばかりなのに午後からは友達と遊ぶ。夜は同じく遅くまで遊ぶ。と夏休み前からダラダラした生活です。

思い返せば私もそうだったと、こんなに長い休みは学生の時しか味わえないなぁ~と、大輝や颯太も同じような夏休みを過ごして来たけど今はりっぱな社会人として頑張っているので我が家では子供達に任せてみることにしました。

とは言ってもまだまだ長い夏休みは始まったばかりで、すでに昼ご飯の用意とこの暑さでイライラが積もる毎日。夏休みが終わるころ「宿題やってない?の・・・こら~<`ヘ´>」と怒らなくてもいい事を祈ります。

IMG_0722  野球部全員で織った千羽鶴。燃え尽きた夏

 

マイマイ蛾異常発生!!

2014/06/29

度々TVなどで話題になっているマイマイ蛾の異常発生。我が家も例外ではありません。

昨年の夏ごろから市内の白い建物、電信棒、特に夜ナイターが行われる学校の建物などにビッシリ、マイマイ蛾の卵が張り付いていました。十数年に一度、異常発生するようですが過去にそんな記憶がないので私は初めての経験です。

昨年末から卵の駆除を市内の広報誌などでも度々紹介されていたので、我が家も卵を見つけると駆除していました。見える所はすべて駆除をし、5cmを超える幼虫になると殺虫剤も効かないとのことなので残さず駆除したつもりでした。

が、縁の下など少々残っていたのでしょか?5mmほどの真っ黒な幼虫が卵から次々と孵ってきました。その黒い固まりをアルコールで焼き払いもういないと洗濯物も外に干せるほど安心していました。子供の野球応援観戦で市内外の中学に行くことがあり、度々会うマイマイ蛾にもう飽き飽きしていたころでした。

庭のナシの木の剪定を悦朗旦那様にお願いして切ってもらっていると、ん!あれ?こんな所にも?とマイマイ蛾の幼虫がナシの木の葉っぱに何匹か居ました。もう5cmほどになっていたので殺虫剤は効きません。切り取った葉っぱごとマイマイ蛾も可燃物の袋に押し込んで可燃物日に出しました。

高山市内の小中学校のナイター、体育館など8月末まで使用禁止。

夏祭りなどの開催時間を早めたり、少しずつ影響も出てきています。

毎年恒例谷松BBQ大会にも影響がなければよいのですが・・・   __

 

 

 

 

もう冬支度?!

2014/06/18

今朝、冬に使う薪ストーブの薪が来た。4トントラックに一杯分で一冬使ってしまいます。冬までにはまだ半年ありますが半年かけて薪を乾かさなければいけません。

店の前に少し積んで残りは中庭に運んで積み上げます。その中庭に運ぶ作業が重労働です。

運んでもらった業者の方に頼むと有料なので我が家は自分たちで運びます。その日は本来のこくせん作りの工場の作業もお休みで薪運びに汗を流します。何年か前は子供達の休みに合わせて薪を持ってきてもらい5人の子供達に運んでもらいました。今は子供達にも有料になってしまうので、しかも5人分、それならと2人でがんばることにしました。

薪ストーブにして10年ほどですが、当然の事ですが故障がありません。煙突のそうじは大変ですが、一日中炊きっぱなしで、冬の間中、フル活用しています。少し場所は取りますが大変重宝しています。

高山は冬が長いですがもう冬支度か・・・と思うと夏の間に、バーベキュー、夏祭り、旅行、といっぱいやりたい事が浮かんできましたが、まずは今日の薪運びの筋肉痛を治さなければいけないと思いました。

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第三回飛騨高山ウルトラマラソン開催

2014/06/09

6月8日にウルトラマラソンが高山で開催された。

今年も何人かの知り合い、同級生が参加していた。私は去年ボランティアで参加しましたが今年は行けませんでした。

フルマラソ42.195㌔を体験した私ですがウルトラマラソンは100㌔と72㌔です。普通に歩いても無理な距離を昨年の一位のタイムは100㌔7時間59秒、72㌔5時間41分でした。

2500人のもランナーが早朝に高山の街中を駆け抜けていき高山スキー場、千光寺を通り速い人でお昼過ぎにはゴールするというとても規模の大きな大会です。

昨日の夕方、駅の方から足を引きずりながら歩く人、今朝、朝市をウルトラマラソンの参加Tシャツ着て歩いてる人、お疲れ様と声を掛けるとニコニコとありがとうと返してくれました。

走った人しか分からない、マラソンを始める前に言われました。マラソンを始めても何が楽しいのか?未だに分かりませんがフルマラソン、ハーフマラソン、10キロマラソンの大会には出てしまいます。フルマラソンは毎回、30キロ辺りで何で出たのだろうと後悔してしまいますが走りきった達成感で忘れてしまうんですかね?やはりマラソンの魅力はまだ私には分かりません。でも走っていて、特に大きな大会になればなるほど、周りの友達、ボランティアの方スタッフの方のサポートが心に沁みて感動します。心の充実感はハンパないです。

ウルトラマソンに参加した同級生から、完走報告もらいました。しかも昨年より1時間20分ベスト更新で。

自分の事のように嬉しかったです。私も何年後か何かの間違えでエントリーして100㌔挑戦してみようかな~。

__ 1     悦朗 嫁でした

高山で映画撮影

2014/05/31

昨日駐車場から谷松に行こうとしたら「撮影中なので通れません」と言われ足止めされた。見るとスーパーの中と外で何やら撮影をしている模様。私もよく買い物をするスーパー山田さんの中にあの「家政婦はミタ」で大ブレイク、スケートも出来る本田望結ちゃんが居るではありませんか。かわいい~!とほとんど見えなくてもお店の外まで伝わってきます。

オール高山ロケと言うことでこの辺で撮影している事は聞いてましたが、こんな近くでしかもまさにヨーイ、ハイカットなど映画の撮影風景のメイキングなどで監督、役者さん達が映像を確認しているそんな機材のすぐ横で見学しました。ドラマやテレビの撮影は見たことがありますが映画は初めてです。警備の人の数も違いますし機材も大きい物でした。

他に中村玉緒、藤田朋子、宮川一郎太さん達も高山市内のどこかで撮影しているとか。6月7日まで撮影期間なので何処かでまた会えるとうれしいです。

映画の公開は来年2月予定です。「ポプラの秋」よろしく。

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ちなみに我が家も子役も先日ライブデビューしました。

まだ中学3年生ですが旦那の友達からおひねりを貰っていました。

うらやまし~、

うらまやし~。

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谷鉄と呼ばれた二代目 谷 松之助

2014/05/21

三代目松之助の三回忌法要の時にチョコットふれた二代目松之助の事を紹介致します。

私が嫁に来た時はもう90歳を超えていたので、店の前の大きな椅子に座って時折、お客様にこくせんを勧める穏やかなおじいちゃん、という感じでした。

ところが、おじいちゃんが亡くなって数年経っても「谷松さんはすごかったんやよ~」と言っておじいちゃんの話をしたい、私に「そこのじいちゃんは、な。」と教えたい人が谷松を訪れて来ます。

おじいちゃん、二代目松之助の話は今後チョイチョイ小出しにするとして今日は本の中におじいちゃんが出てきたのでその本を紹介します。

高山祭りの事を書かれているその本の中に谷鉄のおっさまと紹介されているのが二代目 松之助です。

「飛騨には余所者(よそもの)には理解しにくいことが、幾つかあります。その中でも{屋台}と称する祭車のことになると妻子も仕事も放っぽり出してしまう一群の人々がそれです。火事で自分の家は焼けそうなのに、屋台の事が心配で屋台蔵に先にかけつける人種です。上一之町麒麟台の屋台キチ(狂)と言われる谷鉄のおっさまがとんでもない事件を起こしてしまいました。戦後、高山の屋台を国の文化財に指定するかどうかということになり文部省の調査団が高山に来ました。岐阜県や高山市の役人たちが必要以上に気づかいしていた時、突然調査団の一人を{な、なにするじゃ!!}と突き飛ばしたのです。屋台の金具にさわったからです。そのときの谷鉄が言ったセリフがふるっています。{金具というものが、手でさわっていいか悪いかもわからぬような者が、文化財の調査団とはしゃらくさい、ワレたちの出る幕じゃない、帰れ、帰れ!!}これはまさに道理で、麒麟台では子供を乗せるにも、金具や漆には直接手がふれないように手袋をはめさせ、目を光らせています。県や市の観光の役人たちも谷鉄の言い分には一言もなく{まあまあ}とみんなでなだめるより仕方がない。その人たちに谷鉄はさらにこう付け加えた。{だいたいな、祭でもないのに屋台を引き出させて、いったいワレたちはこの神様の屋台を、何だと心得ているのか?この際はっきり言っておくが、この屋台ってものはナ、国のものでも天皇陛下のものでもない、ましてやワレたちものもでもない。麒麟台はオリたちのものだ!!}東京から来た調査団の人々は、ただただあきれ果て、恐縮して逃げるようにその場を立ち去り、宿へ帰って{これは屋台より人間の方が先に文化財だ!!}と言ったとか・・・」

と本の冒頭に乗っています。

谷鉄が一番かわいがっていた孫の悦朗の嫁なのでしょうか?私にはそんな素振りもなく、365日朝は餅と決まっていたので鰹節に醤油のシンプルな汁の雑煮を出すと両手を合わせ「ありがとう、ありがとう」と美味しそうに食べてくれるおじいちゃんでした。

4月の高山祭の時、観光客と悦朗旦那とチョットもめごとがあったようです。麒麟台の彫刻に一人の観光客が必要以上に近づいたようでそれを注意すると「高山祭りに来てやっとるのに」と言われたそうです。それを言われて「祭は俺たちのものなんや!!」と言い争いになったそうです。私はその場にいなかったのですが、市役所の人からその話を聞いて悦朗旦那に聞くと「そうなんやさな。俺、じいちゃんと同じこと言っとった」と笑いながら言いました。

さすが谷鉄の孫。しっかり受け継いで麒麟台を守っています。IMG_0715

お義父さんの三回忌

2014/05/12

昨日は三代目谷松之助、通称おじい、お義父さんの三回忌の法要でした。

私が谷家に嫁に来てから十数年経ちますがその間、4人のお葬式をしました。嫁に来て間もない三年目位から

二代目谷松之助、祖父(図書館の本にも載るほどの超有名人、後日詳しく報告)、二代目松之助妻、美知様

谷松四代目谷太朗(大輝、颯太、元揮の父)と、それぞれに大切な人を見送ってきました。

その度、死に直面してきて、残された生きていく私たちが亡くなった人にどう係わっていくか。

毎日仏壇に仏様に手を合わせる。法要をして亡くなった人の思い出話をする。その人を思い出す。

亡くなった時はとても悲しいけど谷家はその後、昨日の法要もとても楽しくなるんです。

それは、じいちゃんも、ばあちゃんも、太朗さんも、おじいも、

生前はみんな共通して楽しく、騒がしい事が大好きで

いつも話題を笑いを提供してくれていました。

穏やかに、朗らかに、明るく、昨日の青空のようなそんな人生を私も子供達も歩んで行ってほしいです。

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連休中におじいのお友達の息子さん?ですか?「いつもブログ見てますよ」と言って頂いてありがとうございました。

あまり文章とか苦手で少しさぼっていました。申し訳ございません。

褒めるとノビル!!今後はもう少しブログアップしていきます。お約束は出来ませんが・・・

 

連休中ですが・・・

2014/05/05

ただ今GW真っ只中!谷松の場所は高山市内でも、古い町並みの近く、いわゆる街(まち)と呼ばれる、場所にある。

ありがたい事に観光客の方、ほとんどの方が古い町並みを散策するので、のもすごい混みようです。

当然のごとく休みもなく(ありがたい事です)毎日働き詰です。そんな中、我が家の谷松長男大輝が初任給で(4月から谷松で一緒に仕事をしています)、

ばあちゃんと悦朗と悦朗嫁(私)にステーキをご馳走してくれるというではありませんか。

太朗さんが生きているころに家族で行ったワンポンド。高山でも美味しいと評判のステーキハウスです。

そこに次男颯太、三男元揮、悦朗長男謙伸、長女そら。総勢8人で夕食に出かけました。

飛騨牛A5級と表記してあるページはとばしてお値打ちメニューのぺージから全員同じのもを注文しました。

お肉のグラム数だけは違ったものの子供達の分は会計が私たちなので、なるべくお値打ちのを選んでもらおうとがんばりましたが、よく分からないので

結局全員同じものでした。でもすごく美味しかった。ご馳走してくれた嬉しさも重なり美味さ倍増、さらに倍!食べた後も亡くなった大輝、颯太、元揮のお父さん

太朗さんの話で盛り上がり、子供達のおじいちゃん、私のお義父さん、通称オジイの話でさらに大盛り上がりで店を出たのが9時近くでした。

それでもお店の方は優しく、めったに行かないのに子供達に大きくなったね、と声を掛けて下さいました。本当に素敵な楽しいひと時でした。

次の日、次男颯太も初任給で(4月から高山市内の大きな会社、社会人一年生)恵比寿ビールの詰め合わせをプレゼントしてくれました。

さすが、何がほしいかよく分かっとるな。

お礼を言うと「おう」と照れ臭そうに笑っていた。ちょっと大人になったな。うれし涙がこみ上げて鼻かツンとした。

 

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